大判例

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仙台高等裁判所 昭和25年(う)1004号 判決

情状に関する証拠方法は、それが被告人側から申請があつた場合においても、それを採用するか否かは裁判所の専権に属するところである。而して新刑事訴訟法に在りては、裁判所が職権で情状に関する証拠調をしたり、被告人に対しその経歴、家族関係、収入、その他犯罪の主観的事情等について問を発し、被告人の任意の供述を求めるが如きことは、その精神に照らし妥当ではなく、却つて斯ることは之を避けることが望ましいものと解すべきであるから、原審には何等審理不尽の違法はない。所論は採用する訳にはゆかないのである。

(弁護人の控訴趣意)

第三点 原審は審理不尽である。

被告人の所為が原審認定のような犯罪の成立があることは明白である。法律上犯罪の成立ありその刑を免除すべき原因がないときは裁判所は刑の言渡を為さねばならないのであるがその法定刑或は処断刑がその具体的情状に照して尚重きに失するときは謂ゆる酌量減軽をなし得るものであることは刑法第六十六条の規定するところである。同条の犯罪の情状憫諒すべきとは犯罪の具体的情状に照して法律上の科刑尚重きに失するものであることを意味しているものと思料するが、その犯罪の情状とは客観的事情のみならずその主観的事情をも考慮すべきは当然であるので従つてまたその人格的要素も充分に斟酌されなければならないものと信ずる。勿論その判断は裁判官の自由裁量に属していることは謂うまでもないのであるが、その判断の組成された原因経緯は客観性を有することが必要であることは謂うまでもないので犯罪の客観的主観的事情が当該訴訟記録に充分に表現されておらねばならない。よつて審理は単に犯罪の構成要件のみならず主観的事情を充分尽されねばならぬものであると信ずる。然るに原審記録によると簡単に構成要件についての陳述があるのみであつて、犯罪の情状については全くその審理がない。しかも被告人は裁判長の何故正式裁判を申立てたかとの問に対して私の家が困つているので罰金を払えませんから何とかお願いしたいと思つて申立てた旨(記録第一三丁)述べているのでその主観的事情については十分なる審理が尽さなければならないに拘らず、この点を閑却し審理を為さなかつたことは審理不尽の譏を免れないものと信ずる。

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